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東京地方裁判所 平成7年(ワ)14659号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1 原告と被告との間において、原告が別紙貸付信託目録記載の貸付信託債権及びそれぞれに対する同目録(1)記載の貸付信託につき昭和六三年八月六日から、同目録(2)(3)記載の貸付信託につき平成元年三月二一日から各所定の利率による利息債権を有することを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  事案の概要

一  争いがない事実

1 原告は、昭和五九年三月一三日、被告(池袋支店)との間において、信託総合口座設定契約を締結し、別紙貸付信託目録記載のとおり、ビッグ(収益満期受取型)三口合計四五〇万円の貸付信託(以下「本件貸付信託」という。)をした。

2 被告は、平成元年四月一九日、原告の妻甲野花子(以下「花子」という。)との間で、本件貸付信託の買取債権と相殺する予定のもとに原告に対する四五〇万円の貸付を行い、右貸金債務を担保するため、本件貸付信託につき質権設定契約を締結し、同年八月七日に貸付信託のうち別紙貸付信託目録記載3の貸付信託を、平成二年三月二〇日に同1及び2の貸付信託をそれぞれ買い取って、右相殺を行い、貸付債権の弁済に充当した。

3 被告は、これにより、原告の被告に対する本件貸付信託債権は消滅したとしてその存在を争っている。

二  原告の主張

1 原告は、花子が原告を代理若しくは代行して、被告との間で右貸金及び質権設定契約を締結するにつき、その権限を与えたことはなく、同契約は花子が勝手にしたものであるから、右相殺は原告に対し効力を生じない。

2 被告が本件貸付信託を担保とする貸付を行い、本件貸付信託の期限前買取りによって買取債権と貸金債権とを相殺することは、定期預金の期限前払戻しと同視することができず、これについて債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の適用はない。

3 かりに、右貸付信託を担保とする貸付につき民法四七八条の適用があるとしても、被告池袋支店の担当者は、右貸付をするに際し、花子に対し、原告の委任状を求め若しくは原告に確認するなどして、花子の権限の有無について調査すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、通帳の所持と届出印鑑の照合をしただけで右確認手続をとらなかったから、右事実のみから花子を権限を有すると信じたことにつき過失がある。したがって、被告は、民法四七八条によって免責されず、また、表見代理が成立することもない。

なお、被告は、右貸付に際し、花子に、原告の住所地を「奈良市《番地略》乙山」と変更届けをさせているが、これについても原告に確認することはなく、被告は、その後原告に無断で元の肩書住所地に変更する手続を行っている。

4 よって、原告は、被告との間において、原告が本件貸付信託債権及びそれぞれに対する別紙貸付信託目録目録(1)記載の貸付信託につき昭和六三年八月六日から、同目録(2)(3)記載の貸付信託につき平成元年三月二一日から所定の利率による利息債権を有することの確認を求める。

三  被告の主張

1(一) 被告の取り扱う貸付信託は、設定日(募集締切日)から一年以上経過している場合に限り、受託者である被告がその固有財産をもって受益証券を買い取ることができ、その代金を受益者に支払うものとされ、この買取りは定期預金の期限前解約に相当する。

(二) 被告は、平成元年四月一九日、花子から本件貸付信託解約の申入れを受けたが、当時は、本件貸付信託三口とも設定日から一年未満であったため、右満期前の買取りができなかった。

(三) 被告は、このような場合、顧客の便宜を図るため、貸付信託を担保として貸付を行い、設定日から一年を経過した時点で貸付信託受益証券を買い取り、その代金をもって右貸付金の返済に充当する方法をとっているところ、本件貸付信託の期限前買取りも右業務の一環として行われたものである。

2(一) このように、貸付信託を担保とする貸付は、実質的には貸付信託の期限前買取りによる買取代金の支払であり、定期預金の期限前解約による払戻しと同視することができるから、これについては、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の適用がある。

(二) 花子は、原告を代行して、本件貸付信託三口の預入れはもとより、原告名義の信託総合口座に関する預入れ及び払戻しすべての手続を行っていた。

花子は、当日、本件貸付信託の総合口座通帳と届出に係る印章を持参して、被告の池袋支店に来店し、前記の本件貸付信託を担保とする貸付手続を行い、被告の担当者は、押捺された印影が届出印鑑と同一であることを確認し、花子が本件貸付信託債権の準占有者に該当すると信じたのであるから、そう信じたことにつき被告の担当者に過失はない。

(三) また、本件貸付信託契約において適用される信託総合口座取引規定一二項及び貸付信託約款ビッグ二七条には、被告は、顧客との取引のために作成される書類に押捺された印影が、予め届け出られた印影と照合して相違ないものと認めて手続が行われたときは、責任を負わない旨の特約があるから、原告は、右免責特約により、本件貸付信託を担保とする貸付の無効を主張することはできない。

3 かりに、以上の主張が認められないとしても、原告は、右貸付に先立ち、花子に対し、そのための代理権を付与した。

また、原告は花子に対し、本件貸付信託総合口座の開設及び本件貸付信託三口の契約につき代理権を与えていたところ、右貸付は、前記の事情のもとにおいて行われたから、被告には、花子に原告を代理する権限があると信じるにつき正当な事由があり、かつ、過失はなかったものである。

第三  判断

一  原告が、昭和五九年三月一三日、被告(池袋支店)との間において、信託総合口座設定契約を締結し、本件三口合計四五〇万円の貸付信託をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の抗弁(本件貸付信託債権の消滅)について検討することとする。

1 被告が、平成元年四月一九日、花子との間で、本件貸付信託の買取債権と相殺する予定のもとに原告に対する四五〇万円の貸付を行い、右貸金債務を担保するため、本件貸付信託につき質権設定契約を締結したうえ、同年八月七日に本件貸付信託のうち別紙貸付信託目録記載3の貸付信託を、平成二年三月二〇日に同1及び2の貸付信託をそれぞれ買い取って、右相殺を行い、貸付債権の弁済に充当したことは、当事者間に争いがない。

2 《証拠略》によれば、本件貸付信託は、被告が原告から信託を受けた金銭を運用し、所定の期日に収益を支払い、信託期間満了により金銭で元本の償還を行うものとされ、収益の保証はないが、元本は保証されており、銀行の取り扱う定期預金に類似するものであること、被告の貸付信託約款においては、信託期間の延長及び解約はできないが、信託契約取扱期間終了の日(募集締切日)から一年以上経過した受益証券については、受益者の請求により、被告は時価をもってこれを買い取ることができる旨規定されていること、被告は、顧客から右一年経過未満の買取要請があった場合、顧客の便宜を図るため、貸付信託を担保として貸付を行い、右一年を経過した時点で貸付信託受益証券を買い取り、その代金をもって右貸付金と相殺する予定のもとに、貸付信託を担保として貸付を行い、一年を経過した後に右相殺によって貸付金の返済に充当する方法をとっていることが認められる。右事実によれば、貸付信託を担保とする貸付は、実質的には貸付信託の期限前買取りによる買取代金の支払であり、定期預金の期限前解約による払戻しと同視することができる。

3 ところで、定期預金の期限前払戻しの場合、銀行は期限到来の場合と異なり弁済を義務づけられているものではないが、預金契約の締結に際し、当該預金の期限前払戻しの場合における具体的内容が契約当事者の合意により確定されているときは、右預金の期限前の払戻しであっても、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の適用があり(最高裁昭和四一年一〇月四日第三小法廷判決・民集二〇巻八号一五六五頁)、また、銀行が、権限を有すると称する者からの定期預金払戻請求につき、当該預金と相殺する予定のもとに預金を担保として貸付を行い、その後右の相殺をする場合にも、同条の類推適用があり(最高裁昭和四八年三月二七日第三小法廷判決・民集二七巻二号三七六頁)、銀行が右貸付時に、預金担保の貸付を行うにつき銀行として尽くすべき相当の注意を用いたときは、銀行は、右貸付によって生じた貸金債権を自働債権とする定期預金債権との相殺をもって預金者に対抗することができるものと解すべきである。

4 本件において、これを見ると、被告の貸付信託約款において、信託期間の延長及び解約はできないが、信託契約取扱期間終了の日(募集締切日)から一年以上経過した受益証券については、受益者の請求により、被告は時価をもってこれを買い取ることができる旨規定されていることは前示認定のとおりであるところ、《証拠略》によれば、原告は、花子に被告との貸付信託取引をすることを委せ、花子は、原告を代行して、本件貸付信託三口の預入れはもとより、原告名義の信託総合口座に関する預入れ及び払戻しすべてについてその手続を行っていたこと、原告は被告に対し、右取引につき花子に権限がないなどの異議を述べたことはないこと、花子は、平成元年四月一九日、本件貸付信託の総合口座通帳と届出に係る印章を持参して、被告の池袋支店に来店し、窓口係の担当者に対し、本件貸付信託すべてを解約するよう求めたが、当時は、本件貸付信託三口とも募集締切日から一年を経過していなかったため、被告において前記買取りができなかったこと、そこで、被告支店の担当者は、花子の要請に応えるべく、被告が業務として行っていた、右買取が可能となった時点で貸付信託受益証券を買い取り、その代金をもって相殺(充当)する予定のもとに、本件貸付信託を担保として貸付を行う方法をとることとしたこと、被告の担当者は、所定の用紙を用いて、花子の申出に基づき、原告の住所を肩書住所地から花子の姉の住所である奈良市学園大和町一-一日研設計室」に変更する旨の住所変更届を出させたうえ、前記の本件貸付信託を担保とする貸付手続を行い、花子は、右用紙のすべてに原告の氏名を書いて右印章により押捺し、被告の担当者は、右押捺された印影が届出印鑑と同一であることを確認したが、それ以上に原告の委任状を求めることや原告に意思確認を行っていないこと、花子は、右一連の行為をするにつき原告の承諾を得ておらず、同日以来実家に戻り原告と別居するに至っていることが認められる。

右認定の事実によれば、花子は、原告名義で行われた本件貸付信託を担保とする貸付につき権限を有するものではなく、被告の担当者は、右貸付時原告に対する意思確認を行っていないが、花子は、原告を代行して、本件貸付信託三口の預入れはもとより、原告名義の信託総合口座に関する預入れ及び払戻しすべてについてその手続を行っており、原告が被告に対し、それまで花子の権限につき異議を述べたことはないこと、花子は、貸付に際し、本件貸付信託の総合口座通帳と届出に係る印章を持参していたこと及び大量かつ定型的になされる銀行の預金取引の実情等に鑑みると、被告担当者が花子の通帳所持と所定の用紙のすべてに押捺された印影が届出印鑑と同一であることを確認すれば、銀行として尽くすべき相当の注意を用いたものであり、被告は、右貸付によって生じた貸金債権を自働債権とする本件貸付信託買取代金債権との相殺(充当)をもって原告に対抗することができるものというべきである。

なお、《証拠略》によれば、被告は原告から右貸付及び住所変更が無権限で行われたことにつき異議を受け、原告に対し、再度変更前の住所に変更すべく住所変更届けをするよう要請したが、原告の拒絶にあい、平成四年三月三一日、自ら被告の住所を肩書住所地に再度変更したことが認められるが、貸付信託受益者の住所はその同一性を確認したり、連絡する場合の資料の一つとなるにすぎず、被告が右住所をもとの住所地に変更をしたからといって前記判断を左右しない。

三  以上のとおり、本件貸付信託債権は被告の前記相殺(充当)により消滅したものであるから、その存在確認を求める原告の本訴請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 長野益三)

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